« 静かな奇跡 | トップページ | 進化と受け入れ »

無条件の喜び

 今、私はいわゆる無条件の喜びを体験しています。それは、外側の出来事に関わることではなく、エネルギー的なものです。ですから、無条件という言葉 を使っています。悲しみや苦しみがなくなる、というのとも少し違います。もちろん以前に比べれば、悲しいと感じたり苦しいと感じることは格段に少なくなりま した。マインドが勝手に動くということも今はあまりありません。必要なときに必要な思考を使う、という感覚です。ですから、とても楽です。でも、やは り肉体的な痛みは感じますし、疲れも感じます。ときどきはやっぱりネガティブなエネルギーを感じることもあります。ではそういった味わいを、どうして喜び をもって体験することができるのかというと、痛みや苦しみを”私の痛み”や”私の苦しみ”というように感じないからです。たとえば、先日寝ているときにお なかが痛くなりました。今まで私がおなかの痛みを感じたとき、その痛みを私の体の痛みとして感じ、同化してしまっていました。それが当たり前だと思ってい ました。でも、今は少し違います。痛みをとてもニュートラルに体験することができるのです。それは鳥の鳴き声を聞く感覚に似ています。鳥が鳴いているのを 聞くとき、私たちは”私の鳥の鳴き声”というようには感じません。ただ、鳴き声があり、私たちはそれを知覚するのです。その知覚と、おなかの痛みを感じる 知覚が、同一平面上にある感覚なのです。それが、私の肉体の内部の感覚であろうと、外側の感覚であろうと同じなのです。それは、”私というパーソナリ ティ”にしても、”私という思考”にしても”私という肉体”にしても同様です。味わいこそはすべて違いますが、ある種の体験であるという意味では同一平面 上にあるのです。そこには内側と外側の境界線がありません。喜びや静けさといった何か大きな全体性が、すべての体験を体験してくれている、そんな感覚なのです。ですからたとえ 痛みや苦しみであっても、全体性が体験してくれている限り、やはり喜びなのです。ちょっと言葉では伝わりにくいかもしれません。でも、とても楽な感覚です。

 

 

|

« 静かな奇跡 | トップページ | 進化と受け入れ »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1003772/26936171

この記事へのトラックバック一覧です: 無条件の喜び:

« 静かな奇跡 | トップページ | 進化と受け入れ »